世界一周を終えてからのその後の日記

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旅 ペルー 後編

2008 - 02/01 [Fri] - 06:37

サンタマリアからサンタテレサへコレクティーボで1時間。
さらにサンタテレサから、
ローカル線の駅近くまで、またもコレクティーボで、30分。
そして、アグアス・カリエンテスへのローカル線の駅から線路を3時間歩く。
最初は、スタンド・バイ・ミー気分だったのに、いつしかみんな無言に。


結局アグアス・カリエンテスに着いたのは、夕方5時ごろ。
さすがにみんなヘトヘト。
昨日飲んだビールがみんな汗になって出た感じ。
適当に安宿を見つけて、チェックインし、シャワーを浴びて、
当然のごとく祝杯。
この日はビールは美味しかった。
結局3人で8リットル近く飲んだ。
よく飲んだね。

次の日はいよいよマチュピチュへ。
あこがれのマチュピチュ。
さすがに入山料は高いけど、裏わざを使い半額で。
雨季のため、雨が降っていたけども、
それでもマチュピチュ。
道のりが困難だっただけに、感動もひとしお。
よくこんな山の頂上にこんな建築物を作った!
すばらしいの一言!
感動して、思わず泣きそうだった。

そしてマチュピチュを見渡すため、隣の山ワイナピチュへ。
しかし雨が強くなり、山歩きも大変そうなので明日再び登ることに。

下山して、行きの教訓から早めにチケットを購入しようと思い、
明日の帰りのチケットを買いに、
駅に行ったのだけど、明日の安い列車のチケットは完売。
特にクスコへ戻る安い列車は、明々後日まで完売。
帰りはクスコまで列車で楽に帰りたかったのに。
しょうがないんで、途中の駅、
オリャンタイタンボまでのチケットを購入。
しかも明後日の朝発で、高価な列車。
それでも帰りは、楽に帰りたかった。

チケットが購入できれば、またも酒盛り。
マチュピチュを見れた感動を、3人でお祝い。
その日もビールとワインを買って宿で飲みまくり。


次の日はいざワイナピチュへ。
11時頃に受付を済まし、370番目くらいで入山。
40分くらいの道のりだけど、かなり疲れた。
高所だけに、息も苦しい。
それでも何とか、頂上へ。
またも汗だくになり、昨日のビールが全部出た感じに。
でもワイナピチュから見るマチュピチュもすばらしかった。
その後、下山して、再びマチュピチュをみたり、
日本人ツアーに紛れ込んで、解説を聞きながら、マチュピチュを観光。
しっかり目に焼き付けました。

宿に戻れば、また酒盛り。
マチュピチュ最後の夜を祝うため、
いつもの酒屋へ酒を買いに行くと、
大ビンのビールやワインは品切れ。
私達がすべて飲んでしまいました。
しょうがないんで、小ビンのビールを買って、
宿で祝うのだけど、案の定足りなくなり、
ちょっと足を伸ばして、別の酒屋でビールとワインを買い、
再びお祝い。よく飲んだね。

次の日は朝から列車に乗り、オリャンタイタンボに行き、
バスでクスコへ。
と思っていたらオリャンタイタンボで、
来るときに乗ったタクシーの運ちゃんと遭遇。
多少割高だったけど、その運ちゃんのタクシーでクスコまで。
あの時の運ちゃんも大変だったものね。

帰りはたった3時間程度。
行きは1日半くらいかかったのに。

そしてクスコに戻り、
クスコに無事戻れたことを祝い宴会。
飲みすぎだろう。

ここで私は予定が大きく狂ったことから、
ウユ二をカットし、クスコからナスカ辺りを経由して、
リマに戻ることにしようと。

ハルキ君とリサネーサンはプーノに向かうという。
私も一緒にプーノに来ないと誘われたけど、
プーノで観たいものはないしな。
でもこの二人と行動しているのは面白いし。
そして散々迷った挙げ句、一緒にプーノに行くことに。

クスコ最後の夜も、宿に泊まっていたNICOさんと3人で、
クスコでお気に入りの串焼きやさんで宴会。
美味しかったね、あのお肉。

翌朝、散々飲み食いしたクスコを後に3人でプーノへと旅立つ。
プーノではバスターミナルで寄ってきた客引きについていき、
3人で40ソルの宿にチェックイン。
この宿はよかったのだけど、部屋が4階(日本式で5階)。
エレベーターも無いし、階段で上り下り。
つらかったー。プーノもクスコ以上に高所だったから。
エジプトのサファリホテルを思い出させられた。

プーノではティティカカ湖を観たんだけど、
これが予想以上に面白くなかった。
ウロス島にしか行ってないけど、もう完全に観光地。
お土産物屋さん巡りという感じ。
島の感触は面白かったけどね。

そんなんで、その日もビールを飲みながら夕飯を食い、
宿に戻って、ビールとワインで宴会。

そしていよいよお別れ。
私はリマに戻り、
ハルキ君とリサネーサンはコパカパーナへ。

最後の夜も、やはり宴会。
しかもホテルが停電するというアクシデントがあり、
ロウソクの明かりで宴会。
あのロウソクトークは面白かった。
思わず語ってしまった。
いろいろ話してしまった。

次の日は別れの日。
日本でまた会う約束をし、私はリマヘ。

今はリマのオキナワという宿で、だらだら。
イースター島入りに合わせて、ペルーで日程の調整。
チリよりペルーの方が物価が安いので、
ぎりぎりまでペルーのリマにいる予定。

でも特にすることがないので、暇です。
街をぶらぶらしたり、
顔見知りになったネット屋でネットをしたり、
セビッチェやロモサルタードを食べたり。





そろそろ旅が終わる。
やはりさびしいな。
もう少し旅をしていたいけど、終わりがあるから、
この旅も充実したものになる。
そう思うことにしている。



旅で出会ったいろいろな人たちへ
日本に帰って会える人は、会いに行くからね。
いろいろ懐かしい話をしようよ。
まだ旅が続く人たちは、一足先に日本に戻ってるからね。
帰ってきたら連絡ください。
いっしょに飲みましょう。


マチュピチュまでの道のり
マチュピチュまでの道のり

マチュピチュ1
マチュピチュ1

マチュピチュ2
マチュピチュ2

マチュピチュ3
マチュピチュ3

マチュピチュ4
マチュピチュ4

マチュピチュ5
マチュピチュ5

ウロス島
ウロス島


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旅 ペルー 前編

2008 - 01/31 [Thu] - 08:52

NYからいっきに南米ペルーへ。

ペルーにはこの旅の目的の一つ、マチュピチュがあります。
天空の城です。

とりあえず、最初の南米、
次は高地のクスコということもあり、
リマで体調を調えクスコに向かいました。

リマのオキナワという宿で3泊し、22時間かけてクスコへ。
やはり高山病が襲ってきました。
クスコにつく頃には、頭がガンガンし、気分が悪い。

クスコの宿、花田で知り合った人たちと夕食に行っても、
食欲もないし、ビール一杯飲めない。
とりあえず宿にかえり、コカティーを飲み、早々に就寝。

次の日は、気分もすっきり。
やはり高山病にはコカティーと十分な睡眠が必要です。
ちなみに後から来た人の中には、
3日も4日も寝込んでいた人もいました。

元気になれば、早急にマチュピチュへと思っていたのですが、
リマの宿で知り合ったリサネーサンが、
クスコの同じ宿にやってきたので、
一緒にマチュピチュへ行くことに。
そして、やはり同じ宿にいたハルキ君も、
マチュピチュへ行くというので3人で、
2日後に一緒に行くことになりました。

いま思えばこれがペルーの酒飲み珍道中の始りだった。

クスコでは、大阪出身のリサネーサン主導で、
お好み焼きパーティをやったり、
やはり同じ宿にいたNICOさんに、
おいしい串焼き屋さんに連れていってもらったり。

お好み焼きは美味しかった。
3500mの高地でお好み焼きが食べれるとは思ってもみなかった。

串焼き屋さんも美味しかった。
日本の居酒屋さんみたいだった。
わいわいガヤガヤ、ビールを飲みながら串焼きを頬張る。

そして必ず、宿に帰ってリサネーサンやハルキ君と飲んでいた。
高地だというのに2人ともよく飲む。
ビールを大ビン(ペルーの大ビンは1.1リットル)で一人2、3本飲んだ後、
ワインを2本くらい空けていた。
それがほぼ毎日続く。

当然マチュピチュへ行ってもそれが続きました。

そしてこのマチュピチュへ行くのが大変だった。
恐らく、日本人でこのルートで行く人はまずいないんじゃないかな。
ルートはクスコからウルバンバへバスで行き、
そこからコレクティーボでオリャンタイタンボへ。
ここまでは、バックパッカーにはよく知られたルート。

しかし私たちはここから違います。
当初はそこから列車に乗り、
マチュピチュの麓の村アグアス・カリエンテスに行くつもりだったのですが、
列車の料金が思ったより高かったことから判断が鈍り、考え込んでいるうちに、
列車の席がフルに。

しょうがないのでタクシーの運ちゃんに別ルートはないか聞くと、
サンタマリアに行って、そこからコレクティーボだという答えでした。
値段は、タクシーでサンタマリアまで200ソル、
コレクティーボが5ソルということでした。
それでアグアス・カリエンテスまで行けるなら、
列車より安いし、良いんじゃないかということでタクシーへ。
(この時はまだ、アグアス・カリエンテスへの車道は、
無いということに気づいていませんでした。)

そしてここからが大変だった。
3時間くらいでサンタマリアまでつく予定が、
途中の道で崖崩れや川の氾濫が起きていました。
しかもうちらのタクシーが、一番乗り。
ということはちょっとずれていれば、巻き込まれていた可能性大。
なんせ、川の氾濫や土砂崩れの現場に着く前に、
対向車を観ていましたから。
つまりちょっと前までは、そこは車が通れたということ。
やばかったー。ちょっとずれていれば死んでいたかも。
しかも土砂崩れの現場では、目の前で再び大きな土砂崩れが起こるし、
川の氾濫では、ブルトーザーが出てきて、土砂を片づけているし。
かなりの大事でした。

そんなこんなで、3時間でつく道が9時間くらいかかってサンタマリアへ。
当然もうコレクティーボも無いので、サンタマリアで一泊。
本当に小さな町で、地球の歩き方の地図にも載っていない町。
でも宿代は安かった。一泊5ソル、日本円で170円くらいかな。

そして、この町でアグアス・カリエンテスまでの行き方を聞くと、
サンタテレサに行けとのこと。そんなの聞いてないよー。
でも行かないわけにはいかないので、
言われたとおり、翌日、コレクティーボに乗ってサンタテレサへ。



以上が旅 ペルーの前編。
長くなりそうなので、前編と後編に分けます。

ちなみに、この時点で3人とも、
このサンタマリアというわけのわからない町に行っても、
ぜんぜん平気でした。
3人ともこういう旅を楽しんでいました。
その証拠に、サンタマリアでもビールを大量に買って、
宿で飲んでたし。
私も、こういう旅が好きだし。
みんな、何とかなるだろうとポジティブでした。

用語の説明
コレクティーボ=ハイエースみたいなバンの乗合バス


リマの街並み
リマの街並み

クスコの夜景
クスコの夜景

クスコのお好みパーティー
クスコのお好みパーティー

崖崩れ
崖崩れ

川の氾濫
川の氾濫

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