世界一周を終えてからのその後の日記

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旅 モロッコ

2008 - 01/02 [Wed] - 19:56

モロッコは、はっきりいって何にもしていない。
トルコからスペインに飛んで。宿に大きな荷物を預かってもらい、
小さなリックですぐにアルへシラスに行き、そこから船でモロッコ・タンジェへ。

そしてタンジェで一泊して、次の日にエルフードへ向かう予定だった。
しかしモロッコのお祭り、犠牲祭と重なりバスがしばらく一杯。
列車ならあるだろうと思い、駅に行っても、
駅前で人だかりができており、駅にすら入れず。
そこで、メルズーガに行きたいというモロッコ人と知り合い、
タクシーをシェアしてとりあえず違う駅に行き、
そこから列車に乗り、とりあえずフェズへ行くことに。

なんとか列車に乗ることができたのですが、
犠牲祭のため列車はすし詰め状態。

そこでやられてしまいました。タイに続き2回目。
財布をすられてしまった。
財布の中には現金だけでなくカードも。

列車はフェズに着いたけど、本当に無一文状態。
おそらくシディ・カシムという駅で取られたことが濃厚。
ちょうどフェズへ向かう列車と、マラケシュ方面に向かう列車の乗換駅で、
降りる人と乗り込んでくる人がたくさんいて、
そこでやられた可能性が高い。

カードもすられてしまったため、キャッシングもできない。
宿にも泊まれず、ご飯も食べられず、
とりあえずフェズで鉄道の警察に知らせると、
駅でちょっと待っていろと言われた。

駅のベンチに座り待っていると、
英語の話すことができるエチオピア人がいろいろ話を聞いてくれて、
「大丈夫、必ずいい解決方法が見つかるよ」と励ましてくれた。
そして、その話を聞いていたモロッコ人が「どうしたんだ」と話しかけてきて、
フランス語もアラビア語もできない私の変わりに、そのエチオピア人が説明し、
話を聞き終えたモロッコ人が、
私に向かって「Sorry Sorry」と話しかけてくる。
そして私の手を握り、お金をくれた。
さらにそれを観ていた別のモロッコ人が「どうしたんだ」と話しかけてきて、
そのモロッコ人が説明。そして同じように「Sorry Sorry」と話しかけてきて、
手を握りお金をくれた。
するとだんだん人が集まってきて、人から人へどんどん話が伝わり、
みんなが謝り、そして励まして私にお金をくれた。
それだけでなく、駅にいた数人の若いモロッコ人が駅中を周ってくれ、
私のために募金を集めてきてくれた。
そしてこれから
「どこそこへ行くんだけど、一緒私の家に来ないか?」と言ってくれたり、
一緒に朝まで駅で過ごしてくれたり。

結局、日本円にして一万円くらいの募金が集まりました。
犠牲祭でモロッコ人が帰省でかなりの人が駅にいたためもあり、
200人以上のモロッコ人が集まった。
さすがにかなり感動。思わず泣いてしまった。

その日はフェズの駅に泊まり、
次の朝、結局何の知らせも来なかった警察に出向くと、
シディ・カシムに行けと言われ、列車のお金は払わなくてもいいからと。

ただで列車に乗っけてもらい、シディ・カシムの警察に行くと、
やはりと言うか予想通り、たらいまわしに。
上の階へ行け、下の階へ行けと。
最後に警察署の署長みたいな人が出てきて、フェズへ戻れと。
まあ予想通り。
当然、フェズに戻っても、
再びシディ・カシムに行けと言われる事は目に見えていたので、
「私はシディ・カシムで被害にあったんだから、
シディ・カシムでポリスレポートを書いてくれ」と反論。
その後、3、4時間言い合いがつづき、結局署長が折れて、
ポリスレポートを書いてくれることに。
それからの署長はすごく機嫌が悪かった。
部下や、パスポートの申請に来た人たちに当り散らしていたからね。

それからも大変。盗まれた当日の行動の細かな状況を語で説明して調書を作成。
寝不足や疲れ、空腹から頭がくらくら。
英語も苦手なのに。
すると調書を取っていた警察官が、「何か食うか」と言ってくれ、
わたしは思わず「カツ丼」と言いたくなったが、
さすかにカツ丼はモロッコにはないので、「何でもいいよ」と言ったら、
パンやクッキー、ジュースまで買ってきてくれて、奢ってくれた。
そして最後に、「もし犯人が捕まったらどうしたいんだ」と言われ、
「腕を切るのか」、「殺すのか」、「牢屋にぶち込むのか」と言われ、
「なぜそんなことを聞くんだ」と私が言うと、
「犯人が捕まったらお前の好きなようにしていいぞ」と言われた。
モロッコではそういうシステムなのか?と思いながら、
私は「お金が戻ってくれば、それだけでいい」と言ったら、
みんながどっと笑い「お前はなんてハッピーなやつなんだ」と言われ、
騒いでいると、所長がやってきて事情を聞くと、どっと笑い出して、
やたら私の肩をたたいて、笑っていた。

すべてが終わると、所長自ら運転して私を駅まで連れて行ってくれ、
日本大使館のあるラバトまで行きたいと言う私の願いを聞き入れてくれて、
駅にある派出所に行き、一緒に同行してラバトまで行くように言ってくれた。
しかもまたダダで。

ラバトに着き、あらかじめ待ち合わせしてあった大使館員と今後の対応について話す。
実は盗まれたVISAカードがモロッコで再発行が可能なんだけど、
郵送で送られてくるため、しっかりとした住所が必要とのこと。
最初は大使館に届けてくれるように頼んだのだけど、
セキュリティの関係からということで、大使館に断られていた。
なので、大使館側が用意してくれたホテルにチェックインして、
そのホテルで待つことに。
このホテルが高い!しかも、モロッコの休日や土日と重なり、
一週間もそのホテルにいた。
しかもラバトは観光するところはないし。
私はずっと、近くの広場で知り合った子供たちとサッカーをやって遊んでいた。

そしてVISAカードが届き、ようやくここを脱出できると思ったんだけど、
なんとキャッシングができない。
そういえば盗まれたVISAカードにキャッシング機能はつけていなかったけな。
モロッコでキャッシングのできないカードはほとんど意味がない。
列車のチケットすらカードでは買えないのだから。
ホテルはさすがに高級ホテルだけあり、カード払いが可能だったけど。

カードがきたら、キャッシングしてマラケッシュに向かうという予定を変更して、
集まった募金を元に、列車のチケットを買って、タンジェまで行き、
タンジェで同じ安宿に泊まっていた日本人にお金を借りて、
スペインのアルヘシラスまで戻ってきました。

以上がモロッコでの全日程。
結局タンジェとフェズとシディ・カシムとラバトに行っただけ。
しかも、フェズは駅から一度も出ていないし、シディ・カシムは工業地帯の街だし。
ラバトは首都だけど、何もない街だし。
モロッコはもう一度来ないといけないな。

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